夢か幻か

 この世には不思議な事があるものです。いつのころからか姿を見ることもなくなり、いつしか地域社会からその存在さえ忘れられそうになっていた青年A君がひょっこりと姿を現したのです。

10月17日(水)の夕方、研修生と農作業で汗を流し、いくらの郷に帰ってみると、な~んと、夢か幻か、驚いた!A君が髪もひげも伸び放題で立っているではありませんか。所長の顔を見るなりさめざめと泣き出して、暫くは泣き止みません。何が起こったのか分かりませんが、何年か振りに生きている元気な姿を見て、所長も胸が熱くなりました。 

 一段落してから一別以来の様子を話してくれましたが、話し振りが前のめりで発音も悪く、上手く聞き取れません。ゆっくりと心静かに話すように言いますが、長い間の引きこもりは会話のテンポまで忘れてしまうのでしょうか。思いのたけを早口で喋ります。

 

 9年間の引きこもり生活を続けたと言います。この間、医者にもいかず、運転免許証も失い、妻も子も地域社会との交流も断絶した状況で、認知症になった母と2人暮らしでいたと言います。何度も訪問していますが、誰も顔を見ることなく、いつしか過去形で話す人になっていました。

A君によると先日、親戚の計らいで町の中心部に出かけて、発展した町の様子を目の当たりにして驚いたと語ってくれました。日常生活は他人と会うことが怖くて隠れており、時々顔を見せる姉とも最近になってようやく会話が出来る様になったとのこと。外部の情報はケーブルテレビなどで一応のことは知っているようですが、実際に家から出かけることはないので、目で見る変わった風景などに驚きが隠せないと言います。

 

 9年間の空白を埋めるため、9年間かけても元の様に戻りたいという言葉に、人としての真っ当な考えを見出して、スタッフも一緒に汗を流してみるかという気持ちに傾いています。ただ今日は相当にテンションが上がってハイの様子なので、そのことも含めて医師の診察を勧めて取りあえず引き取って頂きました。

 

 何故、いくらの郷に来てみる気持ちになったのか?疑問に思うところですが、集落から町の中心部に出かけることはあっても、ミニバイクで集落に通ってくる若者の姿は珍しく、関心を持って観察していたとのこと。また活動内容なども、所長が草刈許可を母親にお願いした様子などを遠くから聞いて、知っていたと言います。

これを「いくらの郷効果」と言うのではないでしょうか。自分たちの活動に9年間の引きこもり青年を動かす力があった事に、スタッフ一同が感激したところです。22日(月)には研修生やスタッフ全員に紹介して、9年間の空白を取り戻したいというA君の、長い道のりであろうと思われる大きな歩が始まりました。

 


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