4回目の火祭り

 今年も8月4日に火祭りを行いました。当初は利用者を元気づける目的で行った火祭りも、4回目となると自分達も楽しみで、事前の作業にも力が入ります。今年はジョカのボランティアがたくさん駆けつけてくれて助かりました。刈った草がカラカラに乾いていますので、寄せて火をつける用意です。

 火をつける要領は、一番燃え広がっては困るところから火を付けます。写真でいうと山側の一番上からという事になるでしょうか。

十分に防火帯を作って置いてから着火して、後は下からでも火を燃やします。

 防火帯を十分にとってありますから、下から火を付けても大丈夫です。少しくらい青草が残っていても、全部きれいに燃えてしまいます。

 何しろこの暑さの中を草焼きと、400本の棒立て作業ですから、皆が疲れて木陰になりそうなところを見つけて休んでいます。

 油を注ぐ道具一式です。トンカチもありますが、これで竹ぐいを打ち込みます。

 燃料は灯油です。上の器に小出しして、コーヒー缶に入れていきます。缶には芯を入れますが、コーヒー缶の中に落ちてしまわないように、芯に針金を通して缶の口部分で止めています。今年は芯を二重にして、炎を大きくする工夫をしました。

 夜に備えてカレーライスを準備しています。

 スパイスをしっかりと効かせています。

 入蔵産のお米にカレーをしっかりかけました。

 スタッフ全員で頂きました。スパイスが効いて、家で食べたことがない味でした。

 夕食が終わったところで、N君が仙田指導員のギターで歌っています。声に張りがあって素晴らしい歌声ですし、

皆の前でも歌う度胸もついて、物怖じしない立派な若者に成長しました。


 見物客も次々にあって、少しづつ賑やかになっていきます。すっかり暗くなってから、お越しのお客さんもあって、最初は少し寂しい感じです。

 所長の挨拶で始まります。

昔は農薬が無かったので、害虫駆除の為に松明に火をつけ「飛んで火にいる夏の虫」を退治していましたが、今では地域おこしなど賑わいを作る目的で行われている事を説明しました。幻想的な風景を脳裏に焼き付けて、今後の人生をしっかりと生きてください、というような意味の挨拶をしました。

 6時45分着火でしたが、今年はなんぶサンチャンネルの取材がありました。

美しい山里で繰り広げられる火祭りの様子が、お盆期間に放映されれば、久しぶりに帰省された皆さんもきっと喜んでいただけると、余計に期待がかかります。

 ケタ焼きをしたところが、黒く映っています。例年と同じ風景ですが、今年は炎が少し大きいようです。風が無いせいか、灯油の煤で景色がかすんで見えます。大山が遠くから見ています。

 遠く大山が望めます。写真技術で、炎を優しい揺らぎで取ることが出来ます。

 この小さな谷に400本の松明を灯すのですから、きれいでない筈はありません。炎も大きく揺らいでいます。少しづつ夜も更けていき、徐々にクライマックスを迎えます。

 少しづつ更けてきました。まだ全体が真っ暗にならないこのころが良いと言うお方もあります。良く見ると2人連れで下に歩いています。思い思いに場所を決めて散策するのです。

 火祭りを思いついた理事長も、ジョカの皆さんも感無量の感じで眺めています。汗を流した甲斐があったと思うひと時です。思い思いの場所に陣取り、言葉少なに自分の世界に入って、きっと自分との対話をしている事でしょう。これは谷の上から眺めたものです。

 これは谷の下から眺めたものです。

 夜も更けてきました。ひと際美しく炎が燃えています。

谷全体が煙っているようです。これは谷の上から眺めたものです。

 これは谷の底から見たものです。

 ツリーハウスからの風景です。全貌が見えてこれはこれで美しい景観です。少し木が大きくなって邪魔になっていますが、教えを守り伐ってしまう事は慎重にやらなければなりません。

 

 

 あそこはきれいに燃えているとか言っているうちに、言葉の空虚さに気付きました。言葉が不要なのです。美しいものは、人をして黙らせる魅力を持っています。

 夜も更けて20時も過ぎました。今年の火祭りもクライマックスを迎えました。今を盛りとして各々の松明が輝いて、全体で美しいハーモニーを奏でます。谷全体が松明で縁取られ、得も言われぬ独特の風情を醸し出しています。

 延々と燃え続けていますが、やがて1本、2本と消えていき、23時30分ごろには一つの田んぼで5本くらいが弱弱しく燃えています。

 松明を見て思うのです。燃え盛る松明には気力漲る若き日の自分を重ね、消え入りそうな灯には長かった人生の最終章を生きている今を想い、いずれにしても過ぎ去った人生に哀惜止まない火祭りとなりました。


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